お知らせ

学生と社会人がごちゃまぜになって「地域づくり×生きる意味」を対話する

2019年2月13日開催「対話と思考の場03 地域づくりと生き方の意味を問う」
主催:宇都宮大学地域創生推進機構COC+推進室
企画運営事務局:とちぎユースサポーターズネットワーク
レポート:中村果南子
(国際学部国際社会学科2017年卒業、対話と思考の場03分科会モデレーター)

2月13日、宇都宮大学UUプラザにて今年で3回目となる「対話と思考の場」を開催しました。もちろん、ゲストとして今回も西村佳哲さん、山口覚さん、廣瀬俊介さんを迎え、大学生、社会人、地域おこし協力隊など多様な方々が集い、対話の時間が始まりました。

今回、レポートを書かせていただきます、2017年3月に宇都宮大学国際学部を卒業した果南子と申します。学生の頃は、国際協力の学生団体をはじめ様々なボランティア活動をしておりました。卒業してからも、NGOやボランティア団体で活動しています。

一日のタイムテーブルを紹介すると、まずはイントロダクション。続いて、ゲスト3名それぞれによる講義。その後、それぞれの講師を囲んだ分科会を3セット、全体共有というなかなか濃い時間になりそうな予感。最初のイントロダクションでは、参加者それぞれがグループになり、今日期待することや来ようと思ったきっかけなどを共有しました。

参加者のみなさんが「対話と思考の場」に来た理由としては、
・すでに地域での活動を始めていて、自分の活動と繋がるところがあると思った
・地域に興味がある
・とにかくずっとこの会を楽しみにしていた
など、自分の地域に何かを持って帰りたい方や、多様な人との対話に価値を置いている方などきっかけだけでも十人十色でした。

さあ、3人のお話を聞いて、何を思い、分科会ではどんなセッションが繰り広げられるのでしょうか・・・!

西村さん「どう生きるか?『仕事と働き』方の観点から」

1コマ目の講師は、プランニング・ディレクター、働き方研究家の西村佳哲さん。『自分の仕事をつくる』『一緒に冒険する』など、仕事や働き方についての著作多数。現在は「創造的過疎」を謳う徳島県神山町を中心に、地域での様々なプロジェクトにディレクター/ファシリテーターとして参画されています。

まず、冒頭で西村さんはこんな本音をお話くださいました。
「地域づくり、まちづくりっていう言葉が、フィットしない」
「『いい仕事』ってなんだろう」

各グループでもディスカッションをしましたが、西村さんは事実として、次のように整理しました。

「いい仕事」について、自分視点で語る人と、他者視点に注目して語る人がいる。

「好きなことを仕事に」問題

これは自分のことに注目して仕事について語る視点(利己性)から考えてみると、「あれ?」となる壁です。「好きなことを仕事にしよう」よく聞きますね。そうなれたらいいなという風に思う方もいると思います。でも、思いませんか?「自分が仕事にできるくらい好きなことってなんだ・・・?」と。
いきなり私ごとで恐縮ですが、社会人2年目の筆者もしょっちゅうマネージャーに聞かれます。「仕事楽しい?」と。ぶっちゃけこの問いに対する答えは困ります。「楽しいとか楽しくないとかっていう基準で仕事してません。必要だからしてます」ということだからです(もちろん楽しくて仕事している人もいます)。でもそれはあまりおおっぴらには言えないので、仕事の中で好きを探します。楽しいと思った瞬間や達成感を感じる瞬間など。
まさに西村さんも似たようなニュアンスの話をされていました。「仕事として『好き』と言えるのか?誰にも反対されないように『好き』を仕入れるのではないか」。
自分が好きだと言えるまでには、実はいくつかのステップがある、と西村さん。学生や様々な働き方をしている人が集う会場に向けて、「自分がお客さんではいられなくなること(思わず文句を言ってしまうこと)が『仕事』に向いているかもしれない」と語りかけ、「ささやかな自分」を見つめ、発見することをオススメしていました。

美味しいラーメン屋さん問題

続いて、視点を他者に向けて語る時の「あれ?」です。みなさんもやってしまったことはありませんか?
味のある看板、店構え、お品書き・・・。なんだかとっても美味しそう。でも実際食べてみると味は普通。むしろ期待してしまっているので、結構がっかりするかもしれません。西村さんはこれを「美味しそうなラーメン屋」問題と呼びます。
何が起きているかというと、デザインが実態を追い越してしまっているわけです。他者視点での「いい仕事」は、実は受け手側に矛盾と戸惑いを届けてしまうのではないでしょうか。
メッセージとメタメッセージが矛盾する状況に置かれることを、「ダブルバインド」と言います。これを原発の新聞広告を使って説明してくださいました。「繰り返して使う工夫 ウラン燃料もお手のもの」のコピーと共に映るのは、古くなったセーターを解いて、毛糸に戻す女性の姿。(困難さを含む)科学技術活用のメッセージと、古い衣類を糸に戻して別の何かを作るという日常的な絵を合わせることで、受け手はダブルバインド状態に置かれます。デザイナーはオーダーに応えて、実態以上のものを作り出してしまいます。
それを続けると、受け手は「え?(困惑)」という状況にたくさん陥ってしまいます。デザイナーが頑張れば頑張るほど、実は世界はちょっとずつ嘘くさくなっていきます。
ダブルバインド状態に陥った人々は、自分の感情との接続が無くなります。自分が感じている世界と、目の前で表されている世界との乖離。これは、デザイナーだけの問題ではなく、実は私たちも同じことをしているかもしれません。

いい仕事とは

上記の話を元に、テーマに戻ります。「いい仕事」とは何か。これも、自分視点、他者視点で考えられます。

自分視点では、「いい仕事」とは、「生きている」感じがする仕事。例えば、デザイナーがベンチのデザインを受注したとします。オーダーの一つに、「ホームレス状態の人が寝れないようなベンチを」という要素があったとします。 日向ぼっこをするのに、ベンチで寝っ転がるのは最も気持ちのいい方法の一つです。仲のいい友達とピタッとくっついて、アイスを半分ずつ分け合うのも楽しいものです。
ただ、オーダーは「ホームレス状態の人が寝れないようなベンチ」。そうすると、手すりを入れてみたり、ちょっと傾斜をつけてみたり、一人ずつしか座れないベンチが創造されます(スライドに写される西村さんの「泣きたくなるベンチシリーズ」の写真を見ながら)。
受注したデザイナーが、これを嬉々として作っているイメージが想像できますか?私たちがしっかりと生きるために、「何か(感情や良心)を殺して死んだように生きることはナンセンスだ」と西村さんは言います。

他者視点では、「そこにその人がいる感じ」が重要だと言います。どんなに美味しいお店でも、そこに人がいない感じのお店には、また行こうと思わないし、もしかしたらすぐ忘れてしまうかもしれません。「人は人の存在に呼応する」と西村さんは言います。「いる感じがする」人と一緒にいると、自分がいる感じがします。人の存在によって自分の存在も浮かび上がってくるようです。

まとめると、いい仕事とは、より生きている感じがする、よりいる感じがする仕事。
もう少しスマートに表現してみると、いい仕事とは「生命を力づける働き」だと西村さんは伝えてくれました。どんな時に自分はより「生きている」感じがするのか?どんな時に自分はより「いる」感じがするのか?生きている時の自分の感覚に敏感でいることが重要と西村さんは講義を締めくくりました。

廣瀬さん「地域にどう向き合うか?『地域・風土の成り立ちを読み解く』という視点から

2コマ目の講師は、環境デザイナーの廣瀬俊介さん。環境デザインや地域計画の基礎として福島県浪江町や栃木県宇都宮市・益子町など、様々な地域で自治体や地域住民と地域調査/風土調査を行なっています。
廣瀬さんからは、地域との向き合い方として、風土の成り立ちを読み解くという観点から講義をいただきました。

1コマ目の西村さんが提起した「寝れないベンチ」問題について、環境デザイナーの廣瀬さんからは、「ホームレス状態の方が寝れないようにして排除するのではなく、ホームレス状態になる人々を生み出す社会構造や、経済の問題に議論を尽くすべきである」というお話がありました。その中で、生き生きしていないデザインで社会が充填されないように、デザイナーには説明する責任があるという、廣瀬さんのスタンスが示されました。

過ちを犯さないために、まちを歩く

デザインのある種のパワーを改めて確認した上で廣瀬さんは、「私が過ちを犯さないように、まちを歩き、観察し、まちの人と一緒に、まちを構想する」というお話がありました。具体的にどういうことか、事例を交えながらいくつかのポイントに沿ってお話をいただきました。

地域に向き合う意義

地域の自然と人々のこれまでと現在に向き合うことで、人々のためになりそうなことを「発見し、試み、省みて創る」という工程を大切にされているそうです。そうでないと、持続可能な地域づくりということはできないし、その地域の人のものにならないというメッセージを私は受け取りました。地方創生などと言われる昨今、それぞれの地域の良さが改めて見直されている中で、その魅せ方というのはある種画一的なところがあるような気がしています。グルメ、ゆるキャラ、隠れ家的リゾート化でいかに「一時的に訪れる人を増やす」かが「地域活性化」のゴールになっているところに違和感を感じていました。その地域で暮らすのは、その地域であらゆる種類の営みを続けている、その地域の人々であるのに、その存在が軽んじられている気がしていたのです。そうはいっても実際に地域づくりを行うときに、その地域の人を大切にするのはキレイゴトなんだろうか、そんなモヤモヤを抱えていた私には、実践者である廣瀬さんの「地域の自然と人々のこれまでと現在を見つめ、人々のためになりそうなことを"発見"する」という視点は目から鱗でした。

地域にどう向き合えるのか

そもそも人々が暮らしと生業を通して、自然に働きかけた結果として、地域が形作られていると、廣瀬さんは指摘します。自然そのものや自然物(木や鳥)が多いほどに人はそこに風土を見出しやすいそうです。人工物が多くても、若い人も、風土を見出そうとするのではないか、と廣瀬さんは話します。
風土から何がわかるのでしょうか。風土は自然条件に対して人間が働きかけ、自然から働きかけられるという相互作用によって作られます。つまり、風土をみることで、それ単体だけを見てもわからない、人や自然の関係性を構造として見て取れるのです。これは、人間と社会の持続に必須だと、廣瀬さんは強調します。自然の物質的循環の成因を知ることで、私たちはより地域に向き合い、風土を見いだすことができるのかもしれません。

地域・風土の成り立ちを読む

ここまで地域に向きあう意義やその姿勢についてお話いただきましたが、具体的にどんなふうにその成り立ちを読み解くのでしょうか。
大地は大きなポイントのようです。水の動きや、植物の生態系の基礎が記憶されているからです。これを、地域の人々と一緒に学びあいます。大地と海と生態系の関係・植物や動物、そして人間を含めた食の連鎖、植物を使って人間が居住空間を作り、さらに植物を使って生業を創ると言う住の連鎖。
廣瀬さんは、ドイツ生まれのイギリスの経済学者である、シューマッハの言葉を紹介し、水の観点からもその文化的なつながりについてヒントをくださいました。

「自然は人間に必須の絶やしてはいけない資本」

水循環などは、その地域の文脈的理解を深めると言います。大地の重なりや水の循環など、丁寧に地域を観察し、そこに人々の営みを発見することで初めて政策に繋げることができます。そこでも過ちを犯さないように、廣瀬さんが気にされているのが、バラバラにならないようにすること。地域のことですから、たとえ行政が縦割りになっていたとしてもそこを繋げていると思います。
さらにきちんとその風土が生み出すストーリーの中で農作物を作り、ブランドを立てることで雇用創出にも繋がっていくと考えている、とご自身の実践を交えて語っていただきました。

小説の中の地域風景の描写から

人間の心と風土の関係を知ることも、人間が人間の問題を考える上で欠かせない、と廣瀬さんは語ります。人の手が加えられた環境の中でも、自然の循環は変わらずあり、人の心が動くことが大事だと言います。そこである、詩の一節を紹介していただきました。

「束の間の一瞬でさえも、豊かな過去を持っている」(シンボルスカ、ポーランドの詩人)

実際に地域を歩き、観察し、発見することで人々の営みを知り、さらに文化的なアプローチからその人々の心情を知ることで、人々や人の心と自然の循環の両方から歴史を知り、これからを考えることの重要性を考える廣瀬さんの講義となりました。

山口さん「対話・常識を疑う・発明家的思考で地域をおこす」

お昼ご飯を挟んで、3コマ目の講師は、まちづくりファシリテーターの山口覚さん。福岡県北九州市出身で、現在は同県福津市の津屋崎で「本物の暮らし・働き方・つながり」を実現する「津屋崎1000GEN移住・交流プロジェクト」に取り組んでいます。趣旨に賛同する200名以上が移住し、まちの担い手として移住者たちは生き生き暮らしていると言います。

山口さんの講義はこんな前提から始まりました。

● 自分の考えをここに「置いて」いくこと
● 今の時点での考えを話すものであって、何か心が動いて違う考えになるかもしれない
この講義の後に始まる対話セッションを通して山口さん自身も、何か新たなものを発見することを楽しみにされているような、そんなイントロダクション。

山口さんがお話されたのは
● 対話〜"自分たちの未来"を超えるインフラ〜
● 常識を疑う〜常識は何で形づけられるのか?〜
● 発明家的思考で地域をおこす〜誰もやってないって、すごいことでは?〜

対話

対話とは何か?改めて考えてみるとどんなイメージが湧くでしょうか?少なくとも、勝ち負けの討論(ディベート)とは違うというイメージは、会場のみなさんが持たれている様子。 山口さんはこんな話を紹介してくれました。インド仏教の象に関する逸話です。
6人の目の見えない人々が、象とはどういう動物か確かめるために実際に触ってみます。あるひとは、尻尾を触ったのか「象とは蛇のようにニョロニョロしている」と言います。あるひとは、足を触ったのか「まるで大木のようにどっしりしている」と言います。他の人も触ってみますが、みんな違うことを言います。象とは一体どんな動物でしょうか?
そこである時気づきます。自分たちは「象についてのある一部分だけを知っているのである。みんなの知識を繋ぎ合わせれば、象とはどんな動物かわかるのではないか。」この視点は非常に重要であると山口さんは言います。
つまり、自分は知識の断片は持ち合わせているに違いない。しかし、全部は持ち合わせていないというスタンスが、対話の中でお互いの気づきや発見を生み出したり、多様な議論の中で合意を得ることができるのです。
またこういったスタンスを持っているのは、実は科学者である、というお話もされていました。彼らは確かに一部の領域のプロフェッショナルだけれど、非常に腰が低いとのこと。「今のところ」「確からしい」というスタンスは対話との親和性が高いと言います。

常識を疑う

「サンタクロースの色といえば...?赤を思い浮かべる人が多いのではないだろうか」という山口さんの問いには実は大きなヒントがありました。まずサンタクロースの色についてですが、一説にはコカコーラのCMで一般的にそのイメージが広く伝わり、固定化したのではないかと言われているそうです。私たちが当たり前だと思っているものは、実は商業のマーケティングによって仕掛けられていたりする、という一例です。
さらに、商店街の始まりを知っていますか?これも一説には、伊勢参りが発祥とされており、お参りに来る方が多いのをみた商人が「ここでお店を開いて儲けてみよう」と始まったのがもともとらしい。それがうまくいくのをみて、他の商人たちが次々にお店を始めたことで、道に沿って商店が並ぶようになりました。つまり、人が集まるから、商店街ができたのです。しかし、現在度々、地域おこし、まちづくりの文脈で語られる商店街は、人はもうそこに集まらなくなった場所です。そんな商店街からまちを盛り上げようという取り組みは、商店街の始まったそもそもの文脈から離れた、非常にチャレンジングな取り組みをしているということになるそうです。
便利なことー。それもどう判断したらいいのでしょうか。便利とは相対的なものであり、ゴールはどこなのか?という問いが付いてまわると山口さんは言います。今の世の中効率化が図られていますが、実は以前と比べて400倍の仕事効率。以前の仕事時間を基準に計算すると仕事は1日5分したら終わると言うことになるらしい(会場爆笑)。便利になり、時間ができると、人々は新たな活動、どんどん難しいこと、ストレスフルなことに力を取られてしまって疲弊してしまっているような気が私はしています。

発明家的思考で地域をおこす

常識を疑ってそこから何かを生み出そうと言うときに必要な思考が発明的思考です。発明的思考には、3つのポイントがあります。
● 課題解決法
● 水平的思考法
● 組み合わせ法

山口さんが関わっている津屋崎の現場から、発明家的思考を考えてみましょう。津屋崎には、日常的に、世代を超えて、立ち話をする風景があちこちにみられるそうです。もちろん、近所の人や子どもたちも含めて、店の軒先や道端で語り合います。
津屋崎では、対話を非常に重要だという認識が雰囲気としてまちを包んでいるように山口さんのお話を聴きながら考えました。

例えば、対話の時の3箇条が素敵。
● 未来を語る
● 人を褒める
● 断定しない

この3箇条の対話と、発明の概念からなんと「週に一度の夢のカフェ」がオープンしたそうです。カフェをやってみたいんだという方が、「でも普通に(週5,6)店をオープンするのは子育てとかもあるし難しい...」という話がぽろっと出た時。
発明的思考だとこう考えます。

「定休日、週5でいいんじゃない?」

そうすると、なんだかとっても気が楽になったカフェ出店希望のそのお方。週2日ならできそう!という訳で、夢のカフェをオープンすることになったのです。そこにはいろんな人が集まってきて、日替わりでお店を営業することになり、お店は違えど毎日開いている、まちのカフェになりました。そこで経験を積んで、自分のお店を持った(卒業していった)方もいるといいます。新しいことに挑戦する人たちが失敗を共有する研究所にもなっているようです。
夢のカフェではいろんなことが起こります。夢のカフェの看板を作ってくださった方に山口さんは「看板屋さんやってみなよー」とお勧めします。「忙しいし、そんなことできるかしら」とやっぱり不安がつきまといます。
ここで発明家的思考の出番です。

「お店にきた人だけがお客さん」(集客はしない)
「気に入った仕事だけ受ける」(心踊らない仕事はお断りできる)
「納期なし」(いつかできるよ)

こうして、この看板屋さんは今では大人気だそうです。

発明的思考で起こしてきた仕事は、決して、「稼いでやるんだ!」というある種の気合いは感じませんでした。やりたいことできるようにみんなでしていこうよ、という雰囲気を感じました。そしてやはり、対話がうむ温かさが津屋崎の日常風景を写した山口さんの写真を通しても伝わってくるのです。

それは津屋崎に始めてくる人も感じるようです。「このまちにきて始めて呼吸できたような気がする」と話す方もいるようです。このまちの雰囲気は、対話や、それを通してお互いに納得できる答えを見つけること、お互いを認め合うことで生まれてくるような感じを受けました。

最後に、山口さんはまちづくりの中で、ご年配の方と若者の関わり方、挑戦する人の周りにいる人の関わりについて少しヒントをくれたような気がします。もしかしたら、ある現場ではまちづくりに関して、ご年配の方がやりたいことを「若者を使って」達成しようとする事例もいくつもあるかもしれません。山口さんは、「若い人がやりたいことを応援するご年配の方がいること」が生き生きしたまちづくりに繋がるということを事例を通して伝えてくださいました。また。挑戦したい人、挑戦する人を羨ましがるのではなく、こういうものがあったらいいね、うんやろう、で動く、そんなフットワークの軽さが津屋崎の暖かさに繋がっているのではないかと感じました。

対話セッション

3コマの講義が終わったあとは3人の講師と少人数で対話を行うセッションです。約8名ずつ3グループに分かれて、それぞれの講師を囲んで、3回の対話セッションが行われました。

講師の3人は、働き方の話だったり(いい仕事とは)、地域との向き合い方だったり(風土を通したまちづくり)、地域ならではのまちの起こし方だったり(対話、常識を疑う、発明家的思考)と多岐にわたる切り口で地域との向き合い方のヒントをくださいました。
セッションの中では、働き方のチャレンジだったり、周りをうまく巻き込んでいくための挑戦だったりとそれぞれが抱えている課題や悩みを相談する場面もありましたが、講師が教えて、参加者が答えをもらうという一辺倒の時間ではなかったところ今回のイベントのハイライトだったかもしれません。みんな「スッキリ」した顔はしていませんでしたから(笑)。

地域おこし協力隊として活動している参加者が、「ご高齢の方ほど地域に対する疑問がなくなっていく感じがする。そんな中で地域おこし協力隊としてどう活動していったらいいのか。地域おこし協力隊のあり方自体にもモヤモヤするし、自分自身これからどうやって生きていこうか考えている」と気持ちをシェアしてくださった時。山口さんは、「僕も悩んでいる。50代どんな振る舞いで生きていったらいいか悩んでいる。だから永遠に悩むと思う。」などと話され、一緒に悩もうのスタイル。答えを聞けるスタイルのイベントも数多く(特に、地域おこし、働き方の文脈)ある中で、このスタイルは非常にユニークだと思いました。

「西村さんの言葉はしっかりと芯があって自分の言葉として紡いでいる感じがする。どのように言語化されてきましたか」という参加者の質問に対して、西村さんは、「些細な言葉遣いが周りや自分の行動に影響することがある。なので、正確に言葉を使いたいと感じている。例えばネガティブな話を相手にする際に『〇〇が辛くてさぁ。ていうか、○○も嫌じゃない?ていうか~...』というように『ていうか』に続くよう言葉を継いでいくと、それが今の自分のモヤモヤのヒントになっていることがある。それらを言語化して正確に表現できれば、たとえネガティブな内容でもちょっとうまく表現できるようになった!と嬉しくなることがある。」と今までご自身がどのように言葉を紡がれてきたのか、そのプロセスを共有してくださいました。

ある参加者は、「環境は複数のこと(様々なアプローチでまちの産業づくりやコミュニティ作り)ができるのでは?(まちの中ではそれぞれの主張などがある中で)対立の解決は?」という問いをぶつけてくれました。それに対して、「風土を読み解いたり、その地域の関係を集約していくと対立構造は生まれない」と話す廣瀬さん。何か流れている物を止めてしまうのが不健全で、循環しているのが自然というのが前提であることを強調されていました。

全体共有

長丁場となった今回の「対話と思考の場」もいよいよ終わりの時間を迎えます。最後はみんなで輪になって全体の共有を行いました。全部は紹介できませんが、一部抜粋してお届けします。

● もやもやが残るけど、自分と向き合えた
● 自分の生き方「ちゃんと生きる」って難しい
● 不安について。不安は、周りの人が個々人で持っている不安を投影しているだけ。実は不安の正体はない。
● 何か持っていないとできないんじゃないかって思うのではなく、持っているピースで何ができるか
● 就活のしんどいところは、それぞれが自分を商品化するところ。なぜ、自ら交換可能なものになっていくのか。それは、普段の買い物がそうだから。定価の決まっているものを対価を払って得る以外の経験を持つことで少し楽になるかも

最後に

最後に講師の方からメッセージをいただいて会を締めました。
西村さん:自分の人生をいい時間にしたい人たちが集まっている。僕もそうです。
廣瀬さん:本質的な議論ができて、それを端的にまとめられる。これはすごい。宇都宮は本質的な語らいの文化ができているのでは。これは文化の底上げに繋がる。
山口さん:人の気づきを知識として仕入れているから、気づけないことは仕方ない。生きることを考えることは死ぬことを考えることと実は一緒。まちづくりに教育や政治は大きな力がある。加えて、福祉や医療との関わりがまちづくりに新しい気づきを与えてくれるかも。

この時間の意味を少し考えてみた

対話の時間を通して、社会人、学生、地域おこしで実際に現場に入っている方それぞれ、色々なモヤモヤが生まれたのではないかなと思いました。
学生は、「なぜ学ぶのか」という直球の問いを受け止めた感じ。言語化できないモヤモヤを抱えている感覚になったのではないかなと思いました。また大学で勉強をしているとどうしても、社会と自分と一歩引いてみてしまいがちではないかなと思います。いわゆる少し傍観、もしくは批評家になるような形でdoingを考えてしまいがちです。しかしこの「思考と対話の場」では、働き方や在り方というbeingを考える問いがそれぞれ3名の講師から投げかけられました。これから自分が目指す在り方のために「今なんでこれ勉強してるんだっけ」とこの春休みに少し立ち止まれたということは、私自身の経験を振り返っても素敵なことだったと思います。「これからどんな学生生活を送るか」を考える上で、非常に貴重な問いを立てられたのではないでしょうか。
社会人や、地域おこし協力隊の方々は、改めて「なぜ地域なのか」を問い直す機会となったのではないかなと思います。そこには、壮大というか、大きなざっくりとしたビジョンはあっても、どうやってその山に登ったらいいのかわからない感覚の方も少なからずいたかと思いますが、まず目の前の小さなことを「繋いでいくこと」というキーワードには、気づきを得た顔をされた方が多かったように思います。

その中でも特に印象に残っているのは、対話セッション中、講師の方の知識量に圧倒されて、自分はまだまだ浅はかだ...とうなだれている方へ、「まずはそこが入り口だよ、全部繋がっていますよ。」と声をかける講師の方の姿に目にして、違いを尊重する雰囲気が会場に溢れているのを実感しました。「今」に少しずつ意味づけをするプロセスをみんなで見守り、参加している様子で非常に心地いい時間だったなと思います。
また、1つの視点(働き方、環境デザイン、町おこし)から、実は対話の重要性や、「生きる」とはという全員が共有できるテーマに繋がっていくこと、そこから対話が始まり、学生、社会人、といった年齢や立場の壁を乗り越えて思考しあえることに気づく会になったとわたし自身は感じています。そこには、質の良い問い(「なぜやるのか」というWhyを問うこと)や、課題を単体として見るのではなく、それが生み出される構造にも着目していたことが本質的な議論に繋がったと思います。

肩書き、年代、積み上げてきたものがごちゃ混ぜでも、まず対話ができる。それがまず素晴らしいとわたしは思いました。そこから何を学んでも、何を地域に持ち帰ってもいい。ここで培われたのは決して、すぐ何かを解決できる魔法のようなhow toではないけれど、大事なところに立ちもどれるWhyのかけらが散りばめられた時間だったと思います。そのモヤモヤに居心地の悪さを感じた人もいることでしょう。途中で帰るということもできたのに、自分に問いを立て続けた参加者一人ひとりにとって、この時間が地域と関わるうえで大切な支えになっていただけたらと思います。