起業までの道、本物を突き詰めたからこそ見えたモノ 起業までの道、本物を突き詰めたからこそ見えたモノ 起業までの道、本物を突き詰めたからこそ見えたモノ

起業までの道、
本物を突き詰めたからこそ見えたモノ

「発酵を通して、心と体に豊かさを届けたい」と2018年5月宇都宮大学農学部に在籍していた小泉泰英社長が設立した株式会社アグクル。小泉社長は、大学生活の中で何をきっかけにどんな思いで起業に至ったのか。今回、1年間、アグクルでお仕事をしていた私、佐藤絢香が、小泉泰英さんにお話を伺いました。

やりたいことは特になかったが、
友人の誘いで、一歩踏み出す

小泉さんは、入学当初を振り返ると、「起業を志していたわけではなく、小学校の頃から高校3年まで続けてきた野球から解放され、最高の自由を得た感じだったな」と話されていました。特にしたいことがあるわけでもなく、友達と遊び、サークル、バイトと大学生活を満喫していました。そんなときに、(その後会社を共に創立することになる)友人に出会い、彼の所属するサークルに誘われ、福島県の限界集落へ行きました。これが後の大学生活を大きく変えるきっかけとなりました。埼玉県出身の小泉さんの目には、集落がなくなる感覚、村の存続のために熱く語り合う地域住民と学生の姿など、これまで見たことのない世界が広がっていました。その後、自由を満喫していた生活から一変し、地域のことを考えるようになりました。大学1年の夏休みを迎え、友人は、若手起業家のもとへインターンに行き、小泉さんはそれに刺激を受け、地域の活性化に向けて先進的なことをしているところへ行き積極的にイベントに参加するようになりました。そのような活動を通して、多くの人と出会い、イベントを通して出会った筑西市の地域おこし協力隊の方の紹介で、2年生の春から茨城に移住して農業をする生活を始めました。

現状と理想や期待のギャップに悩み、逃走

茨城県の筑西市で、アスパラ農家で研修を受けながら、もともと空き家であったところに住み、自分でも畑の開墾をする生活を始めました。農業による地域活性化でこの街を元気にしたいと夢を持ち、大学では、自分が育てた野菜を大きな籠に入れ背負って配りました。

「一歩踏み出してみたら、みんなが注目してくれて、だからもっと目立ちたくて。」と小泉さん。授業の中で、先生が言っていた「よそもの、バカもの、若者が地域を変える」ということを信じ、自分はそれを全て持っていてステータスもあると自信に満ちておりました。そんな小泉さんに周囲の期待は、次第に高まり、メディアの取材も受けました。しかし、だんだんメディアの前で自分が語っていることと自分の毎日のタスクには、ギャップが生じているように思い始めました。19歳で地域を救う農業界のスーパースターを目指していましたが、周囲の期待は、ますます高まり、それに伴ってギャップの乖離は、大きくなっていき、期待に潰された小泉さんは、ある日何も言わずに、荷物をまとめて逃げ出しました。

世の中にモノを生み出す人の本気を知る

農業生活から逃げてきた小泉さんは、周囲にやめたことを知られることや、そのことに触れられることも嫌になり、必要以上に外に出なくなりました。モチベーションを回復するには、ここから半年かかりました。その間は、普通の大学生に戻り、以前から関心があった内村鑑三や南方熊楠などの偉人の本を読んでいました。この半年間の中で、友人に誘われ参加した2つのイベントは、その後に大きく影響する出来事を与えてくれました。1つ目の出来事は、宇都宮大学で行われたCOC+推進室主催のセミナー「対話と思考の場」に参加したことです。パネリストと発酵と腐敗について対話し、小泉さんの中で今のアグクルへと続く発酵という概念が生まれました。

「対話と思考の場」で発言する小泉さん

2つ目の出来事は、起業を志す者が参加していたビジネスコンテストで、スタッフとしてタイムキーパーを務めていたときのことでした。神社をテーマにサービス展開を考えていたDOTHESAMURAIの社長とトイレで偶然出会い、「日本人で好きな偉人は誰ですか?」と声をかけたところ、内村鑑三が好きということで共感し合い、一緒に食事に行く仲へと深まりました。この出会いから、3年生の春にはDOTHESAMURAIでインターンをする日々が始まりました。社長の働く姿を見ていると、起業の目的は、金儲けではなく、社会の課題解決なのかもしれないと感じました。また、職場の雰囲気は楽しそうで、目立ちたいといった理由ではなく、人それぞれここで成し遂げたいことの背景が分厚く、世の中にモノを生み出す人の本気、熱意を感じとりました。と同時に、自分にはそこまで真剣になれるものがない、自分も社長と同じ気持ちを味わい大変なことがあったとしても人生を根本的に楽しめる人になりたいという思いから、自分が本当に何をしたいのか考えるためにインターンを辞めることを決意しました。

number oneであり、only oneでありたい気持ちが僕を動かした

インターンを辞めてから、色んな人と出会う中で自分は、コーディネーターは向いていないように思い、茨城のアスパラ逃走事件からプレーヤーではないように思い、自分は何になりたいのか考えていました。命を注げるモノを見つけたいが見つからないという日々を過ごしました。そんな時、やはり、あの事件から克服せずに、次の道へは進めないなという小泉さんの向上心や悔しさが農家にもう一度研修する行動へと導きました。そこは、無農薬の米農家でした。無農薬は、体に負担がなくいいものでありますが、普通のお米よりも労力は2倍で値段も2倍、農地を拡げるのも大変で、面積を増やしたくても人はいないといった問題を抱えていることを知りました。農家と小泉さんは、解決に向けて議論を重ねる中で、2人の共通の想いは「パッケージを良くするだけで値段を上げるのは違う。本物の価値が高まるなら値段を上げよう。」ということでした。小泉さんは、その農家さんよりお米を譲っていただき、製造して販売をしてみたいと提案しました。「農家はお米の生産のプロであるが、販売のプロではない。だから小泉くんが挑戦するなら協力するよ。」と後押しをしてもらったことから、発酵によって本質的な付加価値を生み出す人になろうと決心し、活動を始めました。
ここまでを振り返り、多くの大学生は、小泉さんの話で考えると、DOTHESAMURAIでのインターンを経験したところで、大学生としてやりきったね!と周囲から評価もされ、卒業へ向かうのではないかと思った私は、「小泉さんは、どうやって、インターンから米農家に研修し、そこで自分にしかできないと思うものに出会えたのか?」質問しました。するとその答えは、「number oneであり、only oneでありたい気持ちかな」と話されました。1番になりたい。そして、自分にしかないもので1番になりたい。この思いが、小泉さんを次の行動へ導き、自分にしかできないモノを見つけるまでに至ったのではないかと振り返っていました。

想いと人とモノ全てが揃い、覚悟を伝えていざ、起業

実際にお米を分けてもらい、甘酒作りがスタートし、この甘酒を誰に届けようか考えていました。当時、大学で開講されていた授業「起業の実際と理論」を受講しており、授業の中で妊婦さんと同じグループになりました。妊婦さんの声を聞き、甘酒を子どもたちに届けたいという想いが固まりました。そして、想いと人が揃い、資金を得るべく、「とちぎアントレプレナーコンテスト」に出場し、優勝して100万円を獲得しました。
想い、人、資金が揃い、いざ起業と走り出そうとしましたが、両親からの反対という壁にぶつかりました。両親からは、「就職をしないで起業とは何事だ。みんなと違うことをするというのは、リスクが大きい。」と言われました。それに対して、小泉さんは、「人と違うことをするのに失敗のリスクが大きいことはわかるが、起業した今後の価値を認めてくれる人はいる。」と説得しました。最後は、お父さんが小泉さんの覚悟に負け、認めてくれたのかはわからないが走り出したと小泉さんは言っていました。

現在の商品ラインナップ

左から 佐藤綾香さん 小泉泰英さん 皆川美咲さん

そして、現在は、商品開発を繰り返し『おりぜ』を生み出し、発酵の力で子どもたちに健康を届けたいという想いでおりぜを販売しています。宇都宮が生んだ世界一の企業は、アグクルと言われるよう頑張りたいと熱く語っておりました。

後輩へのメッセージを伺うと「小さな一歩が人生を変える。そのあなたの一歩が世界を変える。世界をすぐに変えることはできないけど、あなた自身が変われば世界は変わる」とエールを送ってくれました。

インタビュー・執筆
佐藤綾香|地域デザイン科学部3年

今回のインタビューでは、アグクルの商品であるおりぜのプロデューサーを務めていた私から小泉さんにアグクルが生まれるまでの道のりをお伺いしました。アグクルという空間は、知れば知るほど深みのあるように感じていましたが、それは、これまでの小泉さんの歩んできた道から醸し出されていたのかなと思いました。
アグクルでお仕事していると、小泉さんの本気さにはどんなに頑張っても敵わないと思っていました。まさに、私は今、小泉さんがDOTHESAMURAIにいた頃の位置にいるように思います。私もnumber oneであり、only oneになる志を持ち、自分だからこそできるものを見つけたいと思いました。素敵なお話を聴かせてくださり、ありがとうございました。

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