栃木と漆・漆芸・工芸 栃木と漆・漆芸・工芸

漆は、ウルシノキの幹に傷を付けて滲み出てくる樹液のことで、主成分のウルシオールが酵素のラッカーゼの働きにより、空気中の酸素と反応し硬化します。漆はいったん硬化すると接着力を発揮し、酸にもアルカリにも塩水にもびくともしません。漆は器物に塗る事により、保護・強化などの効果があり、永きにわたって使用する事ができるアジア独特の工芸素材です。

日本の漆工芸は椀や箸、箱や盆などの器として、あるいは座卓や家具など日常生活の道具として、寺院や仏閣の建築塗装や装飾としても広く使われてきました。日本人の中には “漆”といえば、日本の伝統を象徴するものの一つと捉える人も多いのではないでしょうか。

日本の伝統的な漆工芸の技術には、蒔絵(まきえ)・螺鈿(らでん)・沈金(ちんきん)・漆絵(うるしえ)・蒟醤(きんま)・箔絵(はくえ)などの加飾技法、春慶塗(しゅんけいぬり)・変塗(かわりぬり)・ぼかし塗りなど様々な塗りによる表現があります。また、漆器は主に木地に塗られる事が多いのですが、型に布を漆で貼重ねて成形する乾漆(かんしつ)は仏像の制作をはじめ、造形技法として広く利用されてきました。漆は、木・布・土・紙・竹・皮・金属・ガラスなどにも塗ることができ、用途は実に多様であり、青森から沖縄まで、各地で特色ある漆器が制作されています。

筆者がはじめて漆という素材に出会ったのは大学生の時です。授業で漆芸作品をつくりました。それまで漆という素材に関する知識はほとんどありませんでした。悠久の歴史を経て、衣・食・住・信仰の様々な場面に至るまで、漆は私たちの生活を豊かにしたことを知り、漆が持つ他の素材にない特徴や、伝統技術に無限の可能性を感じました。そして何と言っても”漆かぶれ”の体験には強烈な印象をうけました。この不思議な素材をもっと知りたいと思うようになり、すっかり漆に魅せられてしまったのです。以来30年、漆を使用し漆造形作品を制作しています。

さて、この漆は日本のどこで採れるのかというと、岩手県で約8割を生産しており、栃木県は茨城県に次ぎ日本第3位の生産量を占めています。栃木県の那珂川町辺りから茨城県の八溝(やみぞ)地域には多くの漆林を見ることができます。現在、県内唯一の漆掻き職人の秋田稔氏が漆掻きを行っています。

林野庁によると2017年の漆の国内生産量は1.4トンで国内需要のわずか3%で、残りは中国などからの輸入漆に頼っているのが現状です。文化庁は国宝や重要文化財の保存、修理には原則として日本産漆を使用する方針を打ち出しており、栃木県日光市にある日光東照宮の修復には多くの日本産漆が使用されています。2017年3月、国宝陽明門の大修理竣工式が執り行われたことは記憶に新しいですが、陽明門の修理にも約600kgの日本産漆が使用されたそうです(2017年5月日光社寺文化財保存会佐藤則武氏への取材より)。 陽明門だけでなく、東照宮では常に宮内のどこかで修復を行っており、絢爛豪華で厳かな社寺が復元され、堂々たる姿で再び参拝者の目を楽しませてくれています。そして、それが次世代へ引き継がれていくのです。改めて漆が地域の文化を担っていることを感じています。そんな文化を支える漆が栃木にあることを知っていただけたら幸いです。

文|教育学部 教授 松島さくら子
イラスト|教育学部美術専攻 水越葉子
  • 子ども・若者に安心の居場所づくり 栃木県宇都宮市