Uターンした3代目が考える「一歩ずつ前へ」の改革 Uターンした3代目が考える「一歩ずつ前へ」の改革 Uターンした3代目が考える「一歩ずつ前へ」の改革

Uターンした3代目が考える「一歩ずつ前へ」の改革

親子三代で築き上げ、創業50周年まで辿り着いた亀田産業

今回取材をさせて頂いた亀田産業株式会社は、初代である亀田實(みのる)さんによって1968年に設立されました。今年2018年で、ちょうど設立から50周年を迎えます。

設立前は東京(新宿)で自動車の内装修理や材木を家具メーカーに卸す商売をしており、1956年に宇都宮市に拠点を移し、「亀田商会」を創業されています。亀田商会時代は東京時代の商売をもとに家具店や、富士重工業(現在の株式会社SUBARU)のパートナーとして自衛隊機の座席修理などを受注していたそうです。

亀田産業株式会社設立以降は、小型飛行機やヘリの部品製作、スバル部品やタイヤなどの自動車用品販売、航空機用の木工部品、治具製作などを経て、現在はBoeing767・777・737などの飛行機に使われるハニカムコア加工を中心に、設立当初から継続している治具制作、縫製品加工に加え、ライフスタイル事業として、個人・法人向けの家具やワインの小売などを行っています。

今回は、二代目で現社長の亀田清さんの息子である、三代目で専務取締役の亀田寛(ひろし)さんにお話を伺ってきました。

企業として一本の筋を通す

まずは亀田さんに、現在の亀田産業の主な仕事についてお話を伺いました。

「今の当社の主力事業は、ハニカムコア事業です。ハニカムコアは、特殊な紙やガラスと樹脂を用いて作る、蜂の巣のような六角形を隙間なく並べた構造体のことです。軽量でありながら強度が高く、耐食性・耐炎性に優れるため、航空機以外でも広く使われています。亀田産業ではこのハニカムコアの加工事業を請け負ってから約30年の歴史があります。ハニカムコアの加工ができる会社は国内でも限られていて、この事業を当社で取り組ませていただいているのは、取引先様と先代からのご縁のおかげでもあって、その原点を感謝の気持ちをもって大切にしていきたいですね。ハニカムコアは世界中の空を飛んでいる航空機の一部で、安全のためかなり厳しい基準を守らないと製造・加工の許可が下りないことから、その基準をクリアしている我々の製品は世界品質であると自負しています。」

飛行機と言えば「鉄の鳥」と言われるほど、その機体は重い金属でできているイメージがありました。しかし、機体が重いままでは飛行機自体の燃費も悪くなってしまうため、機体をより軽く、丈夫にするためにこのような素材が使われているようです。飛行機も燃費を気にするのか、という驚きもありましたし、それを解決するための部品が宇都宮でこれほど長い間作られている、ということもまた驚きでした。

亀田さん自身は1999年に通信業の企業(現KDDI株式会社)に就職し、名古屋で3年半、転勤を経て東京で13年勤め、2015年にUターンを決意、中途入社として亀田産業に入り、今は専務取締役としてお仕事をされています。お話からは、多くのことを考えながら事業を行っていらっしゃる様子がうかがえました。

「私が2015年に宇都宮に戻ってきたとき、財務状況を見ると一見航空機事業のみを追求していけば未来は明るいように見えました。しかし、今は変化が激しく予想が難しい時代で、これから一本足打法では万全とは言えません。財務内容ももちろんですが、常に時代に合わせて成長するという姿勢も重要になる時代なので、自分にできることはどんどん実行していこうと思いました。その1つが、ワインの販売なんです。」

元々ワイン好きな亀田さんの両親が、よく亀田さんにワインをプレゼントしていたそうです。ご両親はワインエキスパートの資格を取るほどワインに精通していたのですが、亀田さん自身、せっかくワインをもらってもその良さがわからないことはもったいないことだと思い、2013年にサラリーマンをしながら独学でワインエキスパートの資格を取ったそうです。亀田さんが入社するよりも前からワイン販売はされていたそうですが、知り合いを中心に販売エリアを限定した売り方だけでは、せっかくの酒類販売免許がもったいないとのことで、家業に戻ってすぐにワインの拡販を画策されたようです。その後、通販用の酒類免許も取得され、お客様のことを第一に考えながら時代に合わせた売り方を考えているそうです。

「設立前から続いている家具の小売事業については、一般の方向けの家具と法人向けのオフィス家具を取り扱っています。一般の方向けの家具は天然の木を使用した体に優しい家具を中心に取り扱っています。法人向けのオフィス家具はイトーキの正規販売代理店として、地元の銀行や飲食店など様々なお客様に、業態の特性やお客様のご要望に合わせた家具を提供しています。」

50年以上続いてきた家具事業にも、亀田産業ならではのこだわりが強く感じられました。一般の方向けの家具で取り扱っている天然木には「木は呼吸するので家の空気が綺麗になる」「木についた傷は、木を削ることで家具としてより長く使用することができる」という良さがあるらしく、地球環境への配慮を意識されています。

取材をしながら実際に店舗に置いてある天然木でできた家具を見せてもらった際にも、やはり店舗全体の空気が澄んでいるように感じられました。またオフィス家具についても、最近国会で可決された「働き方改革」の流れを受け、従業員を大切にする「健康経営」の提案をされるなど、国内全体のトレンドを見て提案内容をアレンジするフレキシブルさを感じました。

お仕事についての話を伺った際に、亀田さんは、会社としてどんな事業をするにも根っこには共通するような考え方・哲学がなければお客様には伝わらない、とおっしゃっていました。例えば航空機は安全第一、品質重視。ワインは、農薬等を使わない安全で自然なもの。家具は、無公害で地球環境にやさしい天然素材でできたもの。というところで一本筋の通った亀田産業ならではのこだわりが伺えました。

ベテランと若手がバランスよく融合した亀田産業

次に、私が取材をする上で一番気になっていた、会社の雰囲気についてお話を伺いました。

現在、亀田産業には30名弱の従業員の方がいらっしゃって、10代20代が約30%、40代50代が約35%、60代以上が約35%という構成になっているそうです。内訳で見るとベテラン社員と若手社員とがバランスよく入り交じった職場に思えます。

「私が入社した時の最初のミーティング(朝礼)で物足りないと感じたことは、明るさ、でした。今振り返るとあの頃は受注量がとんでもないことになっていて、みんな自分の仕事も精一杯の余裕がない状況になっていたと思います。あともうちょっと、声がけ、があるとよいと思いました。」

2015年に会社に戻ってきて、亀田さんが一番にもっとよくしようと思ったのは、会社の雰囲気だったそうです。もっと若手とベテランがバランスよく融合するために、亀田さんは職場の雰囲気改善を会社の重要課題として設定しました。

「最初に行ったことは、月並みですが、朝礼場所にホワイトボードを設置して、あらゆる情報共有を行ったことです。その中でも特に功を奏したのは、現在の生産状況や遅延しているアイテム、来週以降の生産予定などを、わかりやすく見える化したことです。もちろん今までも従業員の皆さんは毎日頑張っていたのですが、現在地の地図が見えていないように感じました。目標や、目標に対して今何合目にいるのかといった情報が見えてくると、皆さん優秀ですから自分で考えて動けるようになるのです。」

これらの話だけに留まらず、社内の雰囲気をよくしていくための改革をたくさん行ってきたそうです。例えば経営の意思を伝えたり、管理職の意識を統一するための管理職ミーティング、若手の声や悩みを直接聞くためのアラウンド25ミーティング、半期に一度の振り返りと目標設定のための経営者個人面談など、社員一人ひとりの意見や悩み解決にフォーカスした雰囲気改善を行っているとのことでした。

やはり一見すると、社員の年代差があることで大変だと思える部分もありましたが、亀田さん自身がそのことにいち早く気づき施策を打っていることが、会社として雰囲気の良さにつながっているのだと思います。取材の際に見かけた従業員の方が、笑顔で楽しそうに働いていた姿が印象的でした。

Uターンを決めた理由と、これからのこと

次に、亀田さん自身のことについてお話を伺いました。

「実は、家業を継ぐことはあまり考えていませんでした。大学を選んだときに考えていたのも、早く栃木から出たい(一人暮らしをしたい)ということを基本に、私立はお金がかかるので国立にしようということと、なるべく試験が楽なこと、マネジメントを学びたいので商学部か経営学部にしようというくらいで、あまり積極的な選び方ではなかったですね。」

もともと栃木に残るつもりも、戻るつもりもなかったという亀田さんですが、なぜUターンを決意されたのでしょうか?

「Uターンを決意したのは、通信業の企業(現KDDI株式会社)に入社して名古屋支社で3年半、東京本社で13年勤めて、管理職試験に合格した年でした。ちょうど息子が小学生になる年齢で、彼の人生設計をようやく真剣に考え始めたことと、高齢になってきた両親のことも心配になってきたことがきっかけです。幸い宇都宮なら東京まで小一時間で行けますからそんなにトレンドから置いて行かれることもないはず。むしろ大企業と中小企業の両方を経験できた方が自分の人生も豊かになるのでは?自分が東京であらゆる人材やトレンディなレストランやアイテムに囲まれて過ごす人生も素晴らしいが、家族のためにUターンして家業を継ぐ人生も、自分のポリシーさえしっかり持っていれば素晴らしいものにできるのでは?と考えたんです。2015年に中途入社という形で亀田産業に入りました。前の職場で、管理職にあげていただくには会社としての大きな判断と期待があったと思います。これからというときに退職してしまい、前職のみなさんには多大なご迷惑をかけてしまいました。」

いよいよ管理職になって、これから、という時に前の会社を辞職するというのは本当に大きな決断だったと思います。しかし、そこで決断することが出来たのは、一番大切なものは家族であると思っていたからなのだと思います。

「退職時には本当に迷惑をかけてしまったのですが、最終日まで有休を使わず尽くし円満(?)退社してきましたので、前職時代の方ともよい関係性を継続しています。前の仕事が今の仕事に生きると感じている場面は本当に多いです。前職ではブランディングやマーケティング関連の仕事をしていたのですが、そこで広告代理店やデザイン会社との付き合いがたくさんありました。一見製造業や小売業と広告代理店やデザインはあまり関係ないように見えますが、情報が氾濫し、商品の差別化が難しくなり、人材マーケットも売り手市場が進む世の中の動きに鑑みると、今後プレゼンテーション力やデザイン力が優位性を生む源泉になる時代になります。今の会社に入って、かつての仲間と協業して真っ先に公式ホームページをリニューアルしたのは、そういう背景があってのことでした。」

前の仕事が今の仕事にも生きるというのは、Uターンのみならず仕事を変えることのメリットの1つであると思います。亀田さんの場合は通信系の会社での経験、特にマーケティングなどの仕事の経験が、今の亀田産業の専務取締役としての仕事に非常に良い影響を与えているように感じられました。また、デザインに手間をかけることの大切さも教えて頂きました。亀田産業のホームページは本当に見やすくなっているので、皆さんも是非ご覧になってみてはいかがでしょうか?

前職での経験を生かして、また、社内の風通しをさらによくして、コミュニケーションを大切にしながら仕事をしていきたいという亀田さん。地元に戻って3年が過ぎての感想も伺ってみました。

「ウェブサイトのリニューアルのことでもそうでしたが、新しい繋がりや新しい動きに対して、栃木県はまだまだ保守的なところがあると感じています。特にデザインにコストをかける意識があまり育っていないように思います。Uターンして4年目。だいぶ地元企業とのつきあいも増えてきました。首都圏の考え方をそのまま栃木に持ち込んでもうまくいかない。どちらもわかるコーディネーターが必要だと思います。自らコーディネーターとしてデザインの力で売上が上がることを証明して、栃木をもっとデザインレベルが高く、活気ある地域にしていきたいですね。自分が東京と栃木の懸け橋になれるよう頑張っていきます。」

お話を伺いながら、亀田さんは常に本当に様々なことを考えられているのだと感じました。専務取締役として会社の安定経営のための努力ももちろんのこと、時代に合わせて会社を成長させていくため、そして地元である栃木県を盛り上げていくために、常に学ぶ意欲を持って、挑戦をし続けるというという姿勢が本当に素敵でした。

最後に、亀田さんから栃木の大学生へのメッセージをいただきました。

「前職の時も、今の仕事もですが、海外の人とのやりとりが当たり前の時代です。いずれ栃木でも当たり前になるでしょう。月並みですが、やはり英語は勉強しておいた方が良いと思います。そのためにも早いうちに、一度は海外の雰囲気や英語に囲まれる生活を経験しておいた方が良いと思います。高校生までは勉強と部活で忙しい。就職すると取引先があるのでロングバケーションは周囲の多大な協力が必要。つまり海外に長期滞在できるほど長い時間が取れるのは、大学生のうちだけだと思います。仲間と都合が合わなければ思い切って1人で行くのもありだと思います。海外は色々不安があると思いますが、訪問国のルール理解と最低限の安全知識さえ持っていればあとは気合でなんとかなります。あくまでも無茶をする必要はありません。ホームステイが嫌ならばホテルに泊まればよいし、とにかく英語に囲まれる生活をすることと、誰も頼る人がいない環境において1人で判断できる力を養うことが重要です。その経験は、就職してから大きな武器になることでしょう。自分はそれをしてこなかったから、実は今も苦労しています!」

インタビュー・執筆
大野智成|教育学部学校教育教員養成課程学校教育専攻4年

亀田さんへの取材を通して、私自身驚きと発見が多くありました。一番の驚きはやはり、最初は栃木に戻る気がまったく無かったという点でした。私の場合は生まれてから22年間ずっと宇都宮で過ごしてきたので、やはり外からの視点を取り入れることは非常に大切なのだと思いました。また、保守的な人が多い栃木県とのことですが、それもまた1つの良さなのだと思います。栃木の人はきっと、栃木のことがとても好きなのだろうと思います。しかし、時代の変化に対応するためには、それだけではいけないとも思います。栃木の外から見たからこそ、栃木県ならではの良さが見つけられ、栃木県の抱える課題も明確になる。私は就職してからもずっと宇都宮で暮らしていく予定ですが、このような視点を持って、地元の活性化に取り組んでいきたいと思いました。改めまして、貴重な気づきを得ることができまして、ありがとうございました。

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