何が大切なのかを考え、丁寧に生きる 何が大切なのかを考え、丁寧に生きる 何が大切なのかを考え、丁寧に生きる

宇都宮大学国際学部国際社会学科OGの田中えりさんは、下野新聞社くらし文化部で芸術や美術に関する記事を書いています。今の仕事を始めるまでのことや大切にしている価値観について伺ってきました。

なんのために書くのか

私は下野新聞社で記者をしています。今はくらし文化部に所属していて美術関係の記事を主に担当しています。栃木県内の美術展覧会や個展の取材をして記事を書くことが多いですが、栃木県にゆかりがあって、県外で活躍する芸術家さんを取材するために出張することもありますよ。

取材をする中で知り合った学芸員さんなどに情報をいただくこともあります。新聞記者はネタ探しや取材、執筆、写真撮影など一人で行うことが多く、仕事内容は個人の裁量が大きいと感じています。

仕事を始めてみてわかったのですが、新聞社として書くべきことと取材相手が書いてほしいことが同じとは限らないんです。あくまで報道は客観性・公平性が求められます。だから私は、まず書くべきこと、つまり読者に伝えるべきことを考えるようにしています。結果として取材相手が記事の仕上がりを喜んでくれるとしたらもちろん嬉しいんですけどね。仕事で大切にしていることは、目の前にいる取材相手です。

「栃木のため」「読者のため」と簡単に主張してしまうことに違和感があって。自分が元々持っている考えなのですが、どんなことも結局は自分のためなんだと思うようにしています。誰かのためだと思うと相手が傷つくこともわからなくなってしまうように思うんです。「自分のため」と思うことで、目の前の人とちゃんと向き合うことができると思うんです。

海外から地元へ

わたしは福島県双葉郡浪江町の出身で地元の高校に通っていました。高校3年生の時これといって夢はなくて、ただ英語が好きだったので、国際協力とか貧困問題とか何がどんな問題なのかも知りませんでしたけど、英語を生かして国際的に働く仕事がしたいなと漠然と考えていました。とりあえず大学には行きたくて。あと、何かあったとき家族とすぐに会える距離、ということで自然と関東圏に進学先は絞られましたね。宇大の国際学部を調べていたら面白そうで、国際ってまさにわたしが学びたい国際協力とか貧困問題とか学べるところなのかなと思って進学を決めました。興味を持ったことを学ぶ中でやりたいことが定まっていくんだろうと期待していたように思います。宇大にはいって世界のいろいろな問題に触れました。1年の夏休みにはフィリピンに、春休みにはインドに行って、ストリートチルドレンや物乞いをする人に出会いました。現地に行くことでいろいろな人がいることを知ることができて。新聞やジャーナリズム雑誌で情報に触れることも多くありました。

インドから帰ってきてそれほどたたないうちに東日本大震災がおきました。実家の福島に住んでいた家族は訳もわからないまま私の下宿先に避難することになったりして、自分の身の回りで予想もしなかった出来事が起きました。これが自分の感覚、価値観を揺さぶられる大きな出来事でした。すると、それまで私と同じように海外に目を向けていた国際学部の友達が、福島に関心を持って、福島を支援の対象とし始めたんです。自分も地元が大変な状態になって、自然と地元に目が向いていました(目を向けていました)。そのとき気付いたんです。少なくとも自分の周りが平和だったから自分が直面していない国際的な問題に目を向けることができていたんだと。海外から地元へ、自分の中で意識の変化がありました。大学2年からは福島から栃木に避難した人々の支援活動に取り組んだことが印象的ですね。卒業論文では原発事故によって避難をしている人々の生活について書きました。そのときは福島県の会津若松市に行って現状の聞き取りをしました。問題に向き合う中で自分の無力感を覚えることがあって、でも自分が見て、聞いたことを伝えることはできるのではという感覚を、そこで持てたように思います。

宇都宮大学国際学部国際社会学科OGの田中えりさん

自分にできること

大学3年になって就職のことを考えるようになり、報道、その中でも新聞社への就職を志望していました。それはフィリピンやインド、福島でふれた問題を友人に話したり文章で伝えたりする経験をしたことで、伝えることは自分にもできることなんじゃないかと思ったからです。私の時はまだ就職が厳しい時期だったこともあり、報道関係以外にもたくさんの企業を受けましたが、それでも報道に関わりたいという考えがずっと強くありました。地元は福島の浪江町なのですが、震災で帰還困難区域に設定されていることもあり、地元での就職は考えませんでした。震災以降私の両親は宇都宮で生活を送っていて、私が就職を考えている頃宇都宮に家を建てる話をしていました。両親は私が宇都宮にいるから宇都宮に避難してきたわけで、もし自分が栃木県外で就職したとして、両親が「自分たちはどうしてここにいるんだろう」と思うことは私としては避けたかったんです。それで、栃木県での就職を選択しました。

丁寧に生きる

震災があって当たり前のことが当たり前でないことを実感しました。震災から5年のとき震災に関する紙面を担当させてもらいました。自分が伝えたいと思っていたことの記事を担当できたことを有り難く感じ、でも伝えられていないこともたくさんあると実感しました。記事を書くにあたって、私は友人や両親に取材をしたんです。でもいろいろな立場の人がいて、私が取材をして伝えられたことはほんの一部です。だからこそ目の前にある対象を大切にしようと思います。

私が大切にしていることは丁寧に生きることです。その日その日を大切に生きるということです。仕事でいえば、どんなに小さい記事でも1面の大きな記事でも、自分にとって大切な記事なんです。適当に済まそうと思えば、言われたことだけを何気なくやることもできると思うんです。でもそれはいやで、どんな仕事も粗末にしていいものではないと思っています。

学生のみなさんは、将来のことを考えるときに、今を大切にしてほしいと思います。目標や計画を立てることはもちろん大切なんですけど、それが自分を苦しめてしまうことっていいことでは無いと思います。そのときの感覚を大切にして、こうなりたいこうしたいという自分の気持ちを信じて進んでいってほしいです。

インタビュー・執筆
渡辺美和子|地域デザイン科学部コミュニティデザイン学科1年

「自分のため」という田中さんの考えが思い込みや自己満足を防ぐためのモノで、相手を思うからこその考えであることが分かり、対象と向き合う実直さを感じました。また、今の感覚を尊重して進んでいくことで日々経験する多くのことが人生に生かされるのだと感じ、目標や計画はあくまで指針であるという気づきが得られました。終始落ち着いて質問に耳を傾けてくださる姿が印象的で、取材を通じて田中さんの誠実さに魅力を感じました。ありがとうございました。

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