どんなときも歩き続ける どんなときも歩き続ける どんなときも歩き続ける

どんなときも歩き続ける

現在、栃木のFMラジオ局、レディオベリーでDJパーソナリティとして活躍されている渡辺さんは、宇都宮大学の教育学部理科専攻で学んでいたそうです。また、社会人学生として、宇都宮大学国際学部の大学院で2年間学び、今年の3月に修了されています。そんな渡辺さんから、今のお仕事のこと、今までの経験や人生への考え方など、お話を伺いました。

仕事は全部楽しいし、全部難しい

現在は、アナウンサー、また、番組を統括するプロデューサーとして、レディオベリーで仕事をしています。2つのレギュラー番組を担当しているほか、ニュースやCMのナレーション、取材、イベントの司会など仕事内容は様々です。私が全体の統括、プロデュースを担当している番組もあり、新企画の立ち上げなども行っています。

仕事内容は多種多様ですが、全部楽しいと思っていて、でも一方で全部難しいものだとも思っているんです。栃木出身で長く栃木に住んでいても、栃木で仕事をしていても、知らないことはまだたくさんあり、常に新しい発見ばかりです。そして、取材を通してたくさんの人と出会うことができる、これはすばらしいことです。

全部楽しいと思う仕事の中でも、生放送は特に自分が生き生きとしているな、と感じます。生放送は、その瞬間の言葉、その瞬間のテンションでできています。収録の番組とは異なり、生放送では録り直しがききません。だからこそ、独特の緊張感があり、そのドキドキも楽しみです。力を試されているような感覚です。それにアナウンサーという職業は、医者や弁護士などのように特別な免許がいらない分、実力が特に強く求められる、一種の職人だと思っています。アナウンサーになりたての頃、発声やアクセントなどのトレーニングを一日中行ったことも現在に活きていると思います。

そのとき持っている100%で取り組んでも、1日経つと、もっとできたのではないか、まだ伸びしろがあるのではないか、と感じる。これも楽しさと難しさにつながっています。また、私と他のスタッフとで、その日の出来に対する感じ方が違うことがあるのもおもしろいところです。私が「今日はよくできたぞ!」と思っていても、他のスタッフに「今日はイマイチだったね」と言われることがあるんです。その逆もあります。

15年以上ラジオのアナウンサーをしていますが、これまで失敗してしまったこともたくさんあります。地名の漢字を読み間違えたり、決められた時間におさめられずに途中で切れてしまったり、失敗はいろいろですが、失敗したときは、やはり落ち込みます。でも、そこで私は、その失敗を引きずるのではなく、いい意味で開き直ること、強い心を持つことが大切だと思います。そして、その失敗を二度繰り返すことはありません。後輩を指導する立場になってからは、これまでの失敗を例えとして使って役立てることもあります。

ここに来るまでの長かった道のり

私はもともと、教師である父の影響で教師を目指していました。しかし、高校の寮生活をきっかけに、ラジオに興味を持ちました。3年間生活した寮がTV禁止だったため、部屋ではラジオを聴いていました。ラジオは、知らなかったことをたくさん教えてくれる、新しい曲もたくさん流れる、とてもおもしろいものでした。ラジオを聴いていると、1人でいても1人じゃない、と感じられ、その時から、ラジオっていいな、と思うようになりました。教育学部で学んでいて就職を考え始めたころ、教師として自分の思いや考えを発信するとしたら、その範囲が受け持つクラスの生徒だけに限られてしまうけれど、マスコミの世界にいたら、短い時間でより広く発信することができるのではないか、という思いが生まれました。

大学を卒業し、すぐにラジオの仕事に就いたわけではありません。卒業後2年間は、映像の制作会社でADやディレクターとして番組の編集などの仕事をしました。その中で、出演者さんと私が表現したいイメージの間にギャップを感じるようになりました。それから、改めてアナウンサーを本気で目指し、栃木県内から全国に視野を広げて、放送局での仕事を探しました。

鹿児島でラジオアナウンサーになり、3年間は契約社員として働いていたのですが、4年目になるところで、上司から「やる気があるなら、正社員にならないか」というお話をいただきました。どうしようかと考えていた時に、レディオベリーで男性アナウンサーの募集がありました。レディオベリーは、自分が学生時代に聴いていた放送局で、そこでアナウンサーになるというのは、当時自分がイメージしていたことでもあり、レディオベリーで働くことを決めました。鹿児島で働いていたときは、将来栃木に戻れたらいいな、とぼんやりと考えていて、偶然も重なって、結果的に出身地である栃木に戻ることになりました。

夢がかなった、その先

高校の頃に出会ったラジオという仕事と関わることができて、私は今、夢をかなえたところにいるのかもしれません。実は規模の大きい放送局を目指したこともありましたが、レディオベリーのような地方局だからこそ、アナウンサーも話すだけでなく、企画や提案などをして番組作りに関わることができますし、やりがいを感じています。ただ、夢はかなえましたが、まだまだやりたいことや目標もあります。栃木をより魅力的なものとして、栃木のいいものをもっともっと発見して発信していきたい、ということです。それから、もうひとつ。誰もが常に楽しい気分でいられるわけではありません。時には悩んだり落ち込んだり、気持ちが沈むこともあるはずです。そんなときに、ハッピーな時間を届けられるような番組作り、一人でも多くの人に楽しい、と感じてもらえるような番組作り。それもいつも考えていることです。

よりよい番組作りや、自分自身のスキルアップのために、平成28年4月から、宇都宮大学の大学院、国際学研究科国際社会研究専攻で2年間学んでいました。より分野をしぼって深く物事を研究したい、自分の考えや研究を客観的に評価してもらいたいと考えたからです。社会人で大学院に行く人は多くありませんが、30代のうちにもう一つ何か挑戦したい、と考え、院に行くことを決心しました。上司の許可もあり、職場の理解のもとで仕事と両立させながら、勉強することができました。

大学院2年間の経験は、情報の集め方やアンテナの張り方、情報を正しくわかりやすく伝えること、物事をより深くとらえること、といったことが、今の仕事に活きているのではないかと思っています。まだまだこれから活かしていけそうなこともあり、より聴きごたえのある番組作りに役立てることができそうです。

いいことも悪いことも…。

私は、振り返ってみると学生時代から、かなり欲張りなライフスタイルでした。たくさんの部活やサークルに所属し、バイトや遊びも、たくさんやって、やり残したことはない、と言えるかもしれません。興味を持ったことは、実際にやってみるのがいいと思います。

いいことばかりではなくて、辛いことや嫌なことがあったとしても、その経験は後で役に立つことが多いです。私が好きな言葉の一つに「人間万事塞翁が馬」というものがあります。この言葉は、幸せや災いというのは予想ができないものだ、という意味。幸せだと思っていたものが不幸の原因になったり、災いを起こすと思っていたものが幸運を呼び込んだりすることもある、という意味もあります。いいことと悪いことはどちらかだけが起こるのではありません。どちらかが起きればもう一方も起きる、つまり、悪いことが起きたときや困難に直面したとき、この次はいいことが起こる、成功できる、と考えることで気持ちを軽くすることができます。

学生のみなさんへのアドバイスとしては、仕事を選ぶときは、場所よりも、やりたい業種を大切にした方がいいということです。私自身、大学卒業時には、県内での就職しか考えていませんでしたが、もう少し広い視野を持てたらよかった、と思うこともあります。就職したい場所があるけれど、やりたい仕事がそこではできない、というときは、やりたい仕事・業種を優先する。ノウハウを学んで起業することだってできる世の中なので、場所は後々どうにかなるものです。どんな仕事も、どんな業種もはじめは大変なもの。そこではじめ踏ん張って、力をつけていくことで、自分のできることが広がり、それが自分のやりたいことの実現にもつながるんだと思います。

インタビュー・執筆
山崎千織|農学部応用生命化学科3年

取材をしていて一番に感じたのは、渡辺さんの仕事への思いです。渡辺さんが今の仕事を好きだ、というのを強く感じました。仕事の中で楽しいことや難しいことは何か、ときいたとき、「全部」とおっしゃっていたのは特に印象的でした。そのように思える仕事を、私も将来したい、と思います。また、ハッピーな時間を届けたい、という想いをもって仕事をしている渡辺さんのように、思いをもって仕事をする人になりたい、と思います。 夢はもうかなえたところにいるのかもしれない、とおっしゃっていた渡辺さん。それは、メディアに興味をもって今まで夢を追いかけ続けてきたから、それをかなえようと努力、行動してきたからこそできたことなのだな、と思います。そんな渡辺さんの姿はとてもかっこよかったです。また、その先のことも考えていて、社会人でありながら大学院に入学し、仕事や子育てと両立する、なかなかできることではありません。想いをもって、それを行動に移すこと、渡辺さんの話を聞いて見習いたいと思いました。

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